高知県の法律相談

今回は高知の総合案内こうちっちを運営している弊社エターナルクリエイトの顧問弁護士、ひのもと法律事務所 輿石 逸貴弁護士に記事を掲載して頂きました。

高知県向きのネタではありませんが、輿石弁護士はオンライン上で高知の方々の法律関係の相談も乗っていただけるとのことですので、こちらのサイトで定期的に掲載していきたいと思います。

ですので、良心的な弁護士の方に法律関係の相談をされたい方は、ひのもと法律事務所をご利用下さい。


今日は、緊急事態条項について解説をしたいと思います。

緊急事態条項=平時を前提とした政府の通常の運用では有効に対処することが難しい緊急事態が発生した場合を想定して、一時的に、権力分立や一定の人権を制限しながら、迅速に非常事態の収拾を図るものです。

自民党が憲法改正でかねてより実現したい「改憲4項目」の中の一つが、緊急事態条項の新設ということになります。

菅首相は、令和3年5月3日の憲法記念日のビデオメッセージの中で、新型コロナウイルスの感染拡大に触れまして、大災害などの時に、内閣が国民の権利を一時的に制限する「緊急事態条項」について、「極めて重く大切な課題」であると語りました。その上で、緊急事態条項を含む自民党「改憲4項目」の実現をめざす考えを示しています。

ですので、安部さんだけではなく菅さんも是非憲法改正して緊急事態条項を入れたいと考えているわけですね。

自民党改憲案の緊急事態条項

じゃあ、自民党の考えている緊急事態条項案とはどういうものなのかというと、自民党改憲案98条、99条→

事後に国会の承認を得ることを条件に、

① 内閣が法律と同一の効力を有する政令を制定することができる、また、

② 内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。という内容です。

実は、これと同じような規定は、緊急命令と緊急財政処分といって、現代ではオーストリア、イタリア、スペイン、台湾等の憲法に規定されている。

また、かつては、大日本帝国憲法にも規定されていたました。

実際に、イタリアやスペインでは、今回のコロナを受けて憲法上の緊急事態条項が発動されている。

なぜ緊急事態条項が必要なのか

それでは、なぜ緊急事態条項が必要なんでしょうか。

それは、平時を前提とした日本国憲法のままでは、緊急事態における政策が憲法違反となって無効になるおそれがあるからなんですね。

たとえば、緊急時に、所有者の同意なしに土地を利用したり、必要物資を収用することができるという規定は、既に新型インフルエンザ等対策特措法に規定があるのですが、実際にこの規定を発動した場合に憲法29条で定める財産権の侵害にあたり、憲法違反となる可能性がある。

というのは、裁判所が法律を作るわけではないので、法律が作られても、その法律が憲法違反にならないとは限らないですし、適用違憲=法律は憲法に反しないけれども、実際に法律を適用する限りにおいて憲法違反になり得るである、ということもあり得るからです。

また、都市封鎖(ロックダウン)をしなければいけないという事態が万が一生じた場合に、憲法22条に定められている居住移転の自由に反する可能性もある。

実際に、令和3年8月現在、特措法に基づく時短命令を3月に受けた飲食チェーン「グローバルダイニング」が、時短命令は、憲法で保障された営業の自由に対する憲法違反であるとして、東京都を相手取り、損害賠償を求める訴訟を起こしている。これは、現在審理中です。

でも、憲法13条に定められた「公共の福祉」により人権は制限できるのだから、憲法違反になるわけがない?じゃないか、という議論もあります。

これは私は間違っていると考えています。

緊急時に、国民の生命・健康を守るために経済的自由に制限をかけることを、経済的自由に対する消極目的規制というんですね。

経済的自由に対する消極目的規制がどのような場合に憲法違反になるのか、既に判例がでているます。

昭和50年に出た薬事法違憲判決=といいますが、要約しますと経済的自由に対する消極目的規制は、原則として、自由に対するよりゆるやかな制限である規制によってはその目的を十分に達成することができないと認められることを要する(=LRAの原則)、といっています。

憲法学の用語では、これをLRAの原則というんですが、要は、経済的自由に対する消極目的規制の場合は、最も人権に対する制約が小さい手段をえらばなければならない、そうでなければ憲法違反である、といってるんですね。

で、これは平時であれば問題ないんですが、緊急時には問題なんです。

緊急時には、対策のために速やかに最も有効な手段を政府は選ばなければならないんです。最も人権制約が小さい手段を選ばなければならないというのはおかしいんです。

で、実は特措法の規定自体に日本国憲法の欠陥を示している規定があります。

憲法学者の百地章先生が指摘されていますが、特措法5条=「国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該新型インフルエンザ等対策を実施するため必要最小限度のものでなければならない」と書かれています。

つまり、特措法や日本国憲法の考え方にしたがうと、まず最も人権制約が小さい規制をとり、規制に効果がなければさらに強い効果の規制をとるというやり方にならざるを得ないんですね。

これは、戦争でいうところの逐次投入と同じ考えで、対策を小出しにしていくので、緊急事態に対する対策としての効果がでてこないんですね。

はじめに、最も有効な対策をとらなければいけない。日本国憲法は、それに反した考え方をとっているという欠陥があるんです。

ですから、平時とは別に、緊急事態に対応した憲法運用が必要で、その根拠を憲法に明記する必要があるんだ、ということになります。

また、先ほど飲食チェーンのグローバルダイニングが、時短命令は営業の自由に対する憲法違反であるとして、東京都を相手取り、訴訟を起こしてるといいました。

グローバルダイニングは、訴状の中で、飲食店が主要な感染経路であるという明確な根拠もなく営業を一律に制限できる特措法の規定は営業の自由を侵害しており憲法違反であると主張しています。

先ほど紹介した判例の理論に従えば、飲食店が主要な感染経路であるということを明確に説明できずに飲食店の営業を一律に制限することは、営業の自由に対する最も人権制約が小さい制約であるということはできず、人権への制約が過剰であり、憲法違反ということになるます。

経済的自由に対する制約は、表現の自由や信教の自由といった精神的自由に対する制約ほど厳格に判断する必要がないと言われているので、グローバルダイニングの訴訟で直ちに憲法違反になるとは言い切れません。しかし、今の日本国憲法のままでは、憲法違反になるおそれが高いということが言えるでしょう。

ナチスの独裁と同じ?

自民党の緊急事態条項は、について、ナチスと同じ?独裁を認めるもの?だという批判がありますが、これは完全に間違いです。

というのは、世界中のほとんどの国に憲法上、緊急事態条項があるんですね。

アメリカ合衆国には明文で緊急事態条項がないが、そもそも大統領に一般的に強力な権限が認められているんですね。

そうすると、緊急事態条項を入れることがナチスの独裁だいうのであれば、世界中の国がナチスと同じで独裁をしているということになってしまうので、完全に間違ってるわけです。

そもそも、ナチスが何をやったのか、ということをまず考えてほしいのですが、当時のドイツにはワイマール憲法という憲法がありました。

ワイマール憲法48条2項にはこういう規定がありました。

「ドイツ国家において、公共の安全と秩序が著しく攪乱されるか、または脅かされた場合、大統領は個人の自由の不可侵権、住居不可侵権、通信の秘密、表現の自由、集会の自由、結社の自由、財産権の保障などの基本的人権の全部または一部を、一時的に停止できる」

この規定の最大の問題は、緊急事態がいつまで続くのか書いてないんですね。ただ「一時的に停止できる」としか書いてないんですね。

結局、ナチスはずっと一時的な緊急事態が続いているということにして、基本的人権を停止したままにしてしまったんですね。

これがナチスの問題なんです。

一方、自民党の改憲案を読むと、こう書いてあります。

自民党改憲案98条2項

緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。

自民党改憲案98条3項

内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。

また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。

99条4項

緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

以上のとおり、自民党案では、緊急事態宣言下でも国会の議決によるコントロールが常に及ぶようになっているますし、百日ごとに国会の承認を得なければならないので、内閣が一時的をこえて永久に独裁するということはありえないということになります。

ですから、ナチスが暴走したワイマール憲法と自民党改憲案は全然違うということがわかると思います。

ちなみに、ナチスは緊急事態条項とは別に、正規の法律である全権委任法によって議会から立法権自体を丸ごと奪ってしまったので、現在の日本とは全く状況が異なるということが分かります。

また、自民党の改憲案は国家総動員法?のようなものだ、という指摘もあります。

しかし、国家総動員法は完全に正規の法律です。

したがって、緊急事態条項とは全く関係がないありません。

ちなみに、大日本帝国憲法には、緊急命令、緊急財政処分、戒厳令、非常大権といった様々な緊急事態条項があったが、これらが大きく濫用されたという歴史は、日本にはないありません。

むしろ、大正12年の関東大震災のときには、東京は壊滅し、議会を招集することが困難だったが、そのときに役に立ったのが緊急命令と緊急財政処分です。

当時の山本内閣は、被災者の食糧援助、物価高騰の抑制、債権の支払い猶予、一時的な課税の免除、臨時物資供給のための特別の会計など、様々な緊急措置を緊急命令と緊急財政処分によって次々と実施した。

これらの命令は後日、帝国議会で承認されています。

このように、日本では緊急事態条項があって成功した例があるんですね。

規程はあいまいか

また、自民党案を見ると、緊急事態が発動する条件が、あいまいなんじゃないか、という指摘があります。

しかし、あまりにも条件を具体化しすぎると、不測の事態に対応できないので本末転倒になってしまうんです。

実際、フランス共和国憲法16条では、「共和国の制度、国の独立、領土の保全等が重大かつ直接脅かされているとき大統領の緊急措置権が発動できるというふうに、概括的な表現が使われている。

大事なのは、先ほどナチスの話の中でも触れましたが、緊急事態の期限を設けることが大事なんですね。

自民党改憲案の改善点

私は今、緊急事態条項には、期限をしっかり設けることが重要だ、といいました。

また、一般論として緊急事態条項には、政権の独裁の危険があるという指摘自体は、正しいです。

ですから、私の意見としては、たとえば、フランス→憲法院が緊急措置権の行使後に、当然に審査して裁定できるという規定があります。ですから、日本でも、緊急事態宣言の行使から一定期間を経過したときは、最高裁判所が当然に緊急事態宣言の是非を審査し裁定できるという規定を入れるべき入れれば、もっと良くなるのではないか、と思います。

日本では、最高裁は行政から独立した機関であるという国民の信頼があると思いますので、最高裁の審査があれば、権力に対する抑止としての機能は十分に果たされるのではないか、と思います。

もっというと、憲法改正を機に、専門の憲法裁判所の設置も検討すべき考えるというのも、検討に値すると思います。

ということで、今回は、緊急事態条項について解説させていただきました。

ありがとうございました。


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