昭和2年大野武夫執筆坂本龍馬先生銅像建設趣意書から抜粋

「桂浜の厳頭にくだくる太平洋の荒浪が不断の鑿をふるって掘りあげたものに、長宗我部があり、維新の志士があり、岩崎があり、浜口がある。中略 即ち日夕先生の英姿を仰ぎ見ることによりて第二第三の坂本をこの土に生ぜしめんとするにある」

坂本龍馬1835年生まれ、野村茂久馬1869年生まれ、入交好野保1903年生まれ、龍馬と茂久馬、茂久馬と好保、ともに年の差34歳である。

野村茂久馬の多大なる援助と入交好保他青年団の行動力により昭和3年5月念願の坂本龍馬銅像が桂浜に建立された。

この英断により高知市桂浜が100年以上続く坂本龍馬詣での聖地となったのである。

幕末から明治大正昭和と龍馬の志を継いだ茂久馬、好保のようなダイナミックでありそしてユーモアがあり行動力ある進取の気性に富んだ人物は平成から令和になった今、第四第五の龍馬たる人物は何処に居るのやら

井倉 俊一郎