高知県香美市にある土佐塩の道

高知へ住み始めて気になったのが「塩の道」です。

数年前、私(ロッキー鍵山)は土佐塩の道30kmうぉーくのイベントに気楽に参加しました。

30kmうぉーくのイベントはゴール地点の赤岡に集合して、バスで出発地点の大栃へ向かいます。30kmの道のりですが、ゴールに向かってほとんどまっすぐで、昔から使われていた本来の「塩の道」は道幅が1m程で、馬に荷を背負わせてやっと通れる程度でした。

実際に歩いてみると、昔利用されていたであろう道は半分ほど残っていて、残りは車も通る現在の道を歩きました。

この地元の遺産を守っているのは、地域の方々と塩の道保存会の皆さまです。

今回この記事では、こうちっちメンバーのみんなでスタート地点 香美市河北町(久保川見渡し地蔵)~ゴール地点 物部町(庄谷相集会所)までの5.6㎞を実際に歩いた体験や土佐塩の道の歴史、保存会のみなさんの活動などについて紹介していきたいと思います!

土佐塩の道とは?

今から50年~60年前になりますが、私が東京から、夜行列車に乗り、宇野・高松の連絡船に乗り、土讃線で四国に入ると、瀬戸内海の海岸のあちらこちらで塩田が見られました。

太平洋に面した高知県でも、約400年ほど前には、土佐湾に面した香南市夜須町から西にかけての海岸は製塩が盛んな地域で、この地域で作られた塩を内陸に運ぶための道を「塩の道」と呼んでいたそうです。

現在、スーパーなどでは外国産の輸入塩や食塩などをよく見かけて、国産の天然塩というのがなかなか貴重な存在となっていますが、高知県では昔ながらの海水から塩を取り出し天日で乾かす、時間と手のかかる製法で塩を生産している方がいるんです。

この製法、中でも完全天日塩で作っているところは他県ではあまりなくてほとんど高知県だけなのだそうです。

高知は今も昔も塩が作りやすい環境にあるんですね。(高知で頑張る若き塩杜氏の田野屋銀象インタビュー記事はこちら

話を戻して、当時は馬の背中に荷物を積んで山道を歩いていき、塩だけではなく生活必需品も運搬されていたそうです。

冷蔵庫もなかった時代、長期保存のためには今以上に塩が欠かせない状況だったと思いますから、たくさんの人たちの生活を支えていた重要な道だったんですね。

現在では、香美市物部町大栃から香南市赤岡町まで約30㎞を塩の道として保存会の方や地元の方などが行政と協力しながら復元・整備をされています。

土佐塩の道保存会

昔はなくてはならない塩の道も時代とともに必要性が無くなり、最近まで道沿いに建てられていた目的地までの距離を示す屋敷丁石と呼ばれる大きな石も倒れたままとなっていたようです。

消えていた古道を復元して守り育てる有志たちによって、15年前程からボラティア活動が始まり、現在では「土佐塩の道保存会」として活動が継続されています。

保存会のみなさんは、年間平均200日ほどの点検・整備をして、この歴史や自然を次の世代へ残そうと努力をされています。

彼らによれば、昔ながらの山道を生かしている塩の道は、当時にタイムスリップしたような気分でウォーキングでき、初心者向けも含め多くのコースが整備され、ガイドのサービスもあります。

各種イベントも人気で、10周年の時にはジャズバンドを招いて黒見休憩所でライブを開催たり、当時に戻ったような火起こし体験ができるイベントを行ったりと、県外からの参加者も多く、外国人にも好まれるとのこと。

私も保存会の一員のしてお手伝いができるのを光栄に感じています。

下の動画は、昔の人々の様子や現在の保存の様子が短時間でよくわかる動画になってるので、ぜひご覧ください。

香美市の歴史

当時の赤岡町には郡奉行所なども置かれ、政治、経済ともに香美郡の中心となっていた地域で、塩の道は物流とともに情報(文化面)の大動脈でもあったと考えられます。

塩の道の時代には、大栃町一帯は沼地で田園が並び、山の手には4つの池があり、この水が田に引かれていたそうです。

1892年(明治25年)頃は中心地に僅か日用品、雑貨、荒物などを売っていた4~5軒のお店がありましたが、1899年(明治32年)道路開通とともに交通の要所となり、物資の集散地として大きな役割を果たすことになりました。

1922年(大正11年)には町の区画が整理され、1950年(昭和25年)には永瀬ダム建設工事が始まり、多くの人が流入し、大栃の町は大変な賑わいとなりました。

その後時代とともにこの地の役割も変化し、現在ではこの地を歩くと昔の面影が残る程度となりましたが、今でも塩と関係した地名が残っています。

地域の特産品を生かしたブランド

塩の道ブランドの商品も開発されていて、地元の野菜を使った「塩の道弁当」は、竹の器や木の葉を使い、自然のありがたさを感じることができます。

また、地元特産の「ゆず」を使ったオーガニックな加工品も数多く揃えています。

写真はオーガニックのゆずを使った「しおゆず」です。ご飯のお供にピッタリです。

ロッキー鍵山 プロフィール
両親の里が高知ということから、70歳を過ぎて、土佐山田へ定住し始め、現在は移住をしてしまいました。父親がサラリーマンで、全国社員であったことから、土佐へ住んだことはありませんでしたが、小中学校の頃、父親に連れられ物部川や近くの里で遊んだことは、楽しい思い出です。

ここからは、ロッキー鍵山からバトンタッチしてこうちっちメンバーあさが実際に歩いて感じたことなどを書いていきます。

5.6キロの道のりを実際に歩いてみた

こうちっちメンバー6人と横浜から高知に来られた方1人の計7人で土佐塩の道30㎞の一部、5.6㎞を歩いて体験してきました!

なぜ30㎞ではないのかというと、普段パソコン仕事で全っ然運動しないメンバーが混ざっているから。(書いてる私もその一人、汗)

「個人歩きで体力に合わせてちょこっと歩きたい」という人にも今回のように要望に合ったコースを選定してくれますし、「がっつり歩きたい」という人には30㎞うぉーくが毎年1回、開催されていますのでぜひ参加してみてください。

今回は、塩の道保存会の方にガイドしていただきながらのウォーキングです。

準備するもの

・歩きやすい格好(長ズボンが良いよ)

・もちろん運動靴で

・夏は半袖でも良いですが、羽織れるものを念のため持っていくとGOOD。

・飲み物

・杖は保存会の方が用意してくれました。

・リュックサック(両手が空くから歩きやすいよ♪)

・帽子

スケジュール

10:00 スタート(久保川の見渡し地蔵 〒781-4208 香美市香北町)

12:00ちょっと前 お昼休憩(黒見休憩所(桜公園))

14:30頃 ゴール(庄谷相集会所 〒781-4413 香美市物部町庄谷相)

このようなスケジュールでした。

お世話になるのでまずは顔合わせも兼ねて自己紹介。

青い法被を着ているのが保存会の方。今日一日よろしくお願いします!

久保川 見渡し地蔵~

準備が整ったらいざ出発!

まず最初に、山の神様にその日の無事をお参りするために一礼をします。

昔は山に入る時には必ずしていたそうです。塩の道の恒例行事です。

最初、川を渡るのですが、橋が掛かっているのではなく飛び石になっています。

この日は前日に雨が降っていたため川が増水していて渡れず、県道の方を歩いて迂回しました。

県道からすぐに山道に入っていきます。

普段はパソコンからの電磁波浴びまくりですが、この日はマイナスイオン浴びまくり。すごく健康的で清々しいです。

最初、登りがきつかったりしますが、メンバー同士で励まし合いながら進みます。

登りが少しきつい以外はのどか~な道のりで謎のきのこが生えていたり、苔むした倒木があったり、きれいな彼岸花が咲いていたりと自然にとても癒されます。

お昼休憩 黒見休憩所(桜公園)

黒見休憩所でお昼休憩。

保存会の近藤さんがお弁当やお茶を準備してくれていました。

お昼ご飯は、塩の道名物「おばやんのお弁当」です。

すべて自然のもので作られています。

孟宗竹を半分に割ってお弁当箱にしたものや竹の皮を編んだお弁当箱もあるそうです。(この日は竹の皮で出来たものが在庫切れだったので写真のは紙製ですがとてもいい雰囲気が出ているお弁当箱です。)

中の仕切りなどにも木の葉っぱ、竹の葉や皮が使われていてプラスチック製のものは一切使われていません。

ひと手間も二手間もかけてあるお弁当。ここでしか食べられません。

お茶は山茶(釜炒り茶)といって静岡とは製法が違うそうです。

静岡で多く作られる煎茶や深蒸し茶は(大雑把に言うと)新芽を摘んで蒸して干すという製法で作られていますが、山茶はお茶の葉を摘んで大釜で炒って揉んで干すという製法で作られています。

写真を見て分かるように山茶は茶色なので見た目の色にも違いがありますね。

お弁当とお茶、山の幸をたっぷりと味わって、メンバー一同大満足!でした。

ご飯を食べた後は、みんなでパシャリと記念撮影。

お昼の時にびっくりしたこと

それは、テーブルにお花を飾ってくれたこと。

塩の道流「お・も・て・な・し」です。

ハサミが見つからないというハプニングがありながらもきれいに生けて下さいました。

きれいな花をながめつつの食事は本当に癒されます。

そのお心遣いに一同とても感激しましたし、心が温かくなりました。ありがとうございました!

黒見休憩所~庄谷相

お腹も一杯になったところでさぁ出発です。

後半戦は少し登ってから下っていきます。

追い剥ぎ峠を越えると景色を一望できるとても眺めがいいところにでます。

絶景の撮影スポットです。

下りは急になっているところがあるので滑らないように注意です。

馬頭観音

当時は馬の背に塩や日用品を積んで行き来していたため、馬と旅人の安全を祈願する「馬頭観音」が塩の道沿いに祀られています。

この庄谷相馬頭観音もその一つ。

馬頭観音は馬頭観世音とも呼ばれており、下の写真を見てもわかるように頭の上に馬の頭をのせている特徴があります。馬の守護神として古くから信仰されていたそうです。

最後、ゴールの庄谷相に塩の道 会長の公文寛伸(くもんひろのぶ)さんが駆けつけてくれていろいろとお話を聞くことができました。


↑ 写真左が公文寛伸さん

公文寛伸さんは、香美支部長の小松さんたちと30キロの道のりを2年の歳月をかけて復元・整備された方であります。

塩の道には3つの大きな目標があるそうです。

1.昔の宝物を保存・管理して次の世代へバトンタッチする

2.活動を通じて自然の素晴らしさを知ってもらう

3.それぞれの地域の特徴を活かした物産開発をして地域の活性化につなげる

この目標に向けて地域の方や行政と連携しながら日々活動されています。

只今、保存会では塩の道を応援してくれる仲間を募集しています。ぜひ一度、実際に歩いてみて自然や歴史を体験していただきたいと思います。

今回ガイドしていただいた保存会のメンバー

先頭を歩いていたのは保存会 事務局の萩野さん。

塩の道の歴史や見どころなどを分かりやすくたくさんガイドしていただきました。

メンバーのペースに合わせながら歩いてくれて、先頭で道にある障害物などを取り除きながら私たちが歩きやすいようにサポートしてくれていました。

軽トラで随行していたのは保存会 香美市部長の小松さん。

万が一体調が悪くなった時のために後ろから軽トラでついてきてくれていました。

こんな細い道通れるの!?というところも安定の運転です。

事前にコースが安全かどうか確認をしてくれていた方でもあります。

そして、昼食の準備などをしてくれた近藤さん。

近藤さんは実家が高知でしたが、神戸の方で生活されていてUターンで戻られた方です。

塩の道を大切にされていてずっとボランティアで活動されていたそうです。

現在は市の非常勤の職員として活動されています。

女性ながらの細やかな心配りで私達参加者が快適に堪能できるように動いていただきました。

保存会の方々のおもてなし、情熱にとても感激した一日でした。本当にありがとうございました。

5.6㎞を歩き終えて

塩の道は、いくつもの素晴らしいロケーションに出会えます。

昔の人に思いを馳せながら、日頃のストレス解消に山の景色を眺めながら、お昼ご飯を目当てになど、それぞれの楽しみ方ができる場所ですので、まだ歩いたことのない方はぜひお試しください!

そして、自然や歴史遺産を保護して守り続け、更に次の世代へと繋いでいこうとしている地元の方々の思いや努力にとても魅力を感じた1日でした。

名前 土佐塩の道
住所 香美市物部町大栃~香南市赤岡町(約30km)
アクセス 赤岡塩市跡 南国ICより車で約30分
土佐塩の道保存会ホームページ http://tosashionomichi.qcweb.jp/